浄心行・妖雲冪々と空を覆うことがあっても
きのうの夜は、神戸で開かれた生長の家の神性開発練成会で浄心行に参加しました。特に今回は年末ということもあって多くの方が心を清めようとご参加でした。尼崎の松本講師の50分にわたる浄心行の説明講話がとても素晴らしかった。そして今回は浄心行の済んだ直後に3人の方に感想発表をいただきましたが、たつの市からご参加の清水さんは、90過ぎのお母様を思われる心情をお話しくださり、僕はそれを聞いていてとても嬉しくて泣きそうになりました。そして今回嬉しかったのは、家内がいつも母親教室や誌友会に熱心にお誘いしているMさんやKさんを、今回浄心行にも誘って一緒に参加してくれたことです。 …… 最後に、S先輩やT先輩が僕と後輩を夜食に誘ってくださり、相愛会男子の皆さんと就寝前の楽しい語らいの一時をいただきました。今回、浄心行に参加して特に印象深く思ったのは、浄心行の最後に朗読した「天地一切と和解する祈り」の中の次の一節でした。:
妖雲(よううん)冪々(べきべき)と空を覆うことがあっても、その上には常に蒼空があるのと同じように、……
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