2011年1月 5日 (水)

五十歳、六十歳、七十歳

新年 あけまして おめでとうございます

僕は12月の誕生日で47歳になりました。先月の勉強会で『生命の實相』第24巻の中の「人間はなぜ老衰するか」というところと「精神力にて老衰を防ぐ法」の一部を輪読しましたが、次の一文は僕にとってとても嬉しいものでした。:

われらは五十歳を過ぎて本当に人生に役に立つ仕事ができるのである。六十歳、七十歳を過ぎていよいよその人の仕事はその人の豊富な経験によって価値あるものとなってくる。(63頁)

この一文に出会い、僕は「僕の人生まだまだこれからだ!!」と思えて「これからもっともっと人の役に立てる良い仕事が出来るのだ!!」という「やる気」が湧いてきました。

本年も よろしくお願い申し上げます

2010年3月26日 (金)

浄心行・長崎県西海市は桜満開

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昨日から長崎県西海市の生長の家総本山で開かれている団体参拝練成会に参加しています。兵庫県からは約200名の方がご参加です。昨晩は浄心行という行事がありまして、心の中の悪想念、悪感情を思い出して紙に書きまして、神様の浄火によって一切を焼却、きよめていただきました。僕も久しぶりに浄心行を受けたのですが、書き出すと次々に思い出してきて、とても一枚の紙だけでは書ききれなくなりました。「○○さん、ごめんなさい、ゆるしてください」そんな感じでした。

2010年3月12日 (金)

お地蔵さん

教えてもらって初めてお地蔵さんを描けました。そしたら二男が小学校でLEDをもらって来たので光を当ててみました。

2010年1月15日 (金)

とんど

今朝、神戸の湊川神社で「とんど」がありました。

とんど

今朝、神戸の湊川神社で「とんど」がありました。

2009年12月12日 (土)

浄心行・妖雲冪々と空を覆うことがあっても

きのうの夜は、神戸で開かれた生長の家の神性開発練成会で浄心行に参加しました。特に今回は年末ということもあって多くの方が心を清めようとご参加でした。尼崎の松本講師の50分にわたる浄心行の説明講話がとても素晴らしかった。そして今回は浄心行の済んだ直後に3人の方に感想発表をいただきましたが、たつの市からご参加の清水さんは、90過ぎのお母様を思われる心情をお話しくださり、僕はそれを聞いていてとても嬉しくて泣きそうになりました。そして今回嬉しかったのは、家内がいつも母親教室や誌友会に熱心にお誘いしているMさんやKさんを、今回浄心行にも誘って一緒に参加してくれたことです。 …… 最後に、S先輩やT先輩が僕と後輩を夜食に誘ってくださり、相愛会男子の皆さんと就寝前の楽しい語らいの一時をいただきました。今回、浄心行に参加して特に印象深く思ったのは、浄心行の最後に朗読した「天地一切と和解する祈り」の中の次の一節でした。:

妖雲(よううん)冪々(べきべき)と空を覆うことがあっても、その上には常に蒼空があるのと同じように、……

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2009年11月 5日 (木)

駅前に立つ

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神戸での生長の家講習会が明々後日になりました。昨日教化部に残っていた講習会案内のチラシを駅前で道行く人に手渡し配布しました。朝はH君が一人で神戸駅前に立ち100枚、なかなか帰って来ませんでした。夜はI君と僕も加わり3人で元町駅前や大丸前に立って300枚を配りました。いやーなかなか想像以上にチラシ配りは大変でした。朝H君がなかなか帰って来なかったのが良く分かりました。一人100枚ずつを配り終えるのに17時半から19時過ぎまで立ち通しでした。

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でもやり終えた後の充実感はとても大きいものでした。皆ホッとした様子で駅前の餃子店に入り祝杯を挙げて互いの健闘を喜び合いました。今回のチラシ配りで意外だったのは、大丈夫かな出来るかなと心配していたI君の配り終わるのが一番早かったことです。I君いわく「勤める店の広告配りで慣れているから」と話してくれました。I君の意外な能力を発見出来ました。逆に僕の方が色々とチラシ配りのやり方を教えてもらうことになり、とても為になりました。

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2009年9月22日 (火)

ALIVE を見ました

今日、神戸メリケンパークに設けられたメインステージに「KOBE ALIVE 2009」を見に行きました。昨日、神戸の湊川神社で開かれているのを初めて知りました。賑やかな音に釣られて神社の境内入ったら「ALIVE」をやっていました。係の人が案内パンフレットをくれました。夜の部の演舞をいくつか見ました。僕は「KOBE ALIVE 2009」と出会えてとてもワクワク嬉しくなりました。今日は奈良県のグループ「ゑにし」の演舞のラストシーンだけ撮りました。

2009年8月30日 (日)

浄心行・罪は懺悔と共に消ゆるなり

浄心行では「懺悔の神示」を拝読します。先日の壮年勉強会では『生命の實相』第16巻に学びましたが、88頁には次のようにあります。

普通、「自分は悪い者だ」と自己反省することが宗教的にあるいは道徳的に善いように思われていますが、「自分は悪い者だ」というその「自分」は無いのであります。悪い自分は無い、これが「生長の家」の根本的人間観であります。

このことは、「懺悔の神示」にも「吾が教えは、罪の無を説く」と示されておりますが、続いて次のようにも示されてあります。

「本来罪無し」の吾が教えを聴きて増上慢に陥ることなかれ、本来罪なしの真理を知るものが、何ぞ罪の暴露を恐れてそれを蔽うことを敢てせんや。(中略)罪は懺悔と共に消ゆるなり

●11月8日(日)10時~15時、生長の家講習会が、神戸市ワールド記念ホールをメイン会場に他県下各地を衛星放送で結んで開かれます。

2009年7月31日 (金)

浄心行・念の具象化

7月の練成会で浄心行を行ないましたが、今、谷口雅春先生著『生命の實相』第17巻・宗教生活篇を拝読していますと、177頁から「念の具象化」について次のように書かれてあります。

要するに、この「念」というものは具象化という本性をもっていて、無形のままで埋めておくといつまでも具象化せんとする潜在的力をもっていて人間を苦しめるのですが、なんらかの形に具象化させてやると、その潜在的な力で内部から人間を苦しめることがなくなるのです。紙の上に文字を書いて悲しみを具象化したときに、その悲しみがうすらぐのは事実です。……

という訳で、悪しき想念感情を紙に書き記し、浄火によって焼却する浄心行の意義が理解せられました。

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